大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福島地方裁判所 昭和24年(ヨ)21号 判決

申請人

秋山五郎丸

外六名

被申請人

日本発送電株式会社

主文

本件仮処分申請は、これを却下する。

申請費用は、申請人等の負担とする。

申請の趣旨

申請人等は、被申請人は、申請人等が被申請人の従業員として業務を行うことを妨害してはならない。被申請人等に対し賃金の支払、その他労働条件につき従前の待遇を不利益に変更してはならない。との判決を求めた。

事実

申請人等は、本件仮処分申請の理由として、申請人等は、いずれも被申請人会社の従業員であり、日本電気産業労働組合(以下単に組合という)猪苗代分会の組合員である。申請人等所属の組合と被申請人会社との間には、労働協約が存在し、その第六条第一項には「会社ハ従業員ヲ解雇セントスルトキハ予メ組合ト協議スルモノトス但シ、停年退職依願退職及別ニ定ムル懲戒解職ノ場合ハ此ノ限リニアラズ」との規定があり、第七条には「会社ハ従業員ノ労働条件ニ関シ組合トノ協議ヲ経ズシテ従業員ニ不利益ナル変更ヲナサザルモノトス」との規定がある。更に、右第六条第一項に関しては「会社ト組合トノ間ニ予メ協議調ハザルトキハ会社ハ一方的ニ従業員ノ解雇ヲ為サザルモノトス」同条第一項但書ノ「別ニ定ムル懲戒解職ノ場合」トアルハ刑法上明ニ破廉恥罪ヲ構成スル如キ重大ナル事実アリタル場合ニ限ルモノトス」との被申請人会社の覚がある。又被申請人会社が、昭和二十二年十月(訴状に昭和二十年十月とあるが誤記と認める)に提出した社員規程の第十二条には「次に掲げる場合には期間を定めて休職を命ずることがある。4起訴せられ又は刑に処せられたとき」との規定があるが、現行社員規程については、まだ組合と被申請人会社間に協議ととのわず、組合は、拒否権と修正権を留保しているから、右規程は法的に効力を有しないものである。しかして、組合は、昭和二十二年九月、(一)最低賃金スライド制の確立、(二)電気事業の民主化、(三)統一労働協約の締結の三大要求項目外七項目をかかげて、中央労働委員会に提訴以来、半年にわたる苦難な闘争を経て、昭和二十三年三月二十五日漸く賃金スライドに関する事項のみの仮協定が成立した。その後、被申請人会社側は、この協定実施を怠り、政府又その責任を回避し、客観的情勢の変化に伴い、電気事業の分断を策し、あるいは、職階制賃金を持ち出し、あるいは、金策を理由に賃金の遅払をし、一方的人事の異動を強行して、交渉は遅々として進まず、組合は、昭和二十三年五月二十四日全国にわたつて一斉事務ストライキを敢行する事態に立ち至つた。この間において日本有数の電源地帯を占める組合猪苗代分会は、電気事業の急速なる復興を念ずるが故に、昭和二十三年四月末日、二回にわたる分会大会の決定に基き、前記三大要求を含む十項目の要求書を会社側に提出し、累次にわたり交渉に交渉を続けてきたが、遂に同年五月二十四日、二十五日、二十六日の中央における被申請人会社総裁との交渉は、被申請人会社の不誠意により決裂し、最後的段階に突入した。当時、偶々福島県知事の福島県地方労働委員会労働者側代表委員の職権委嘱問題が全労働者の反対にもかかわらず、敢えて労働者の自主性をはく奪する非民主的態度で強行されようとし、全労働者は、労働法規の改悪を防止し基本的人権を擁護しなければならない窮地に追い込められていた。ここにおいて、猪苗代分会は、意を決し、組合員の総意に基き、同年六月八日、九日の両日にわたり電源ストライキを断こ決行したのである。右争議に対し福島地方検察庁は、福島県地方労働委員会の公訴提起の請求により申請人等を起訴し、申請人等は、昭和二十四年二月七日福島地方裁判所において懲役四月乃至三月に処し、いずれも二年間刑の執行を猶予する旨の判決を受けたが、控訴の申立をし、目下仙台高等裁判所に係属中である。又本争議中、猪苗代分会支社班員委員長新明一郎は、占領軍に対する情報提供不当拒否のかどで軍事裁判により重労働五年(最後の四年六月執行猶予)の判決を受け、服役終了した。ところが、被申請人会社は、労働協約を無視して、申請人等にはもちろん組合側にも何等の予告も協議もせず、また被申請人会社と組合間において協議のととのわない社員規程を適用し突如として昭和二十三年九月十一日附をもつて申請人新明一郎を懲戒解職処分に、その余の申請人等を休職処分に各付し、もつて申請人等に対し労働条件を不利益に変更したのである。しかしながら、右申請人等に対する解、休職処分は、労働協約第六条及び第七条に違反し、第六条第一項に関する覚の解釈を誤り、且つ法的に効力を有しない社員規程を不当に適用したもので、無効な処分であることが明らかであるから、取り消されなければならないものであるのにかかわらず、被申請人会社は、組合側からの数度の交渉にもかかわらず、その取消をしない。よつて、申請人等は、福島地方裁判所に休職並びに解職無効確認請求の訴を提起したが、判決確定に至るまで申請人等が休職並びに解職の現状を継続することは、生活上重大な脅威を受ける虞がある。現に、被申請人会社は、昭和二十四年一月中旬能力給の調整を一方的に実施し、昭和二十三年十月一日附で能力給を平均一三、六五%の率をもつて引き上げ(その実績は、個人によつて異るが大約一〇乃至三〇%の間において行われた)昭和二十三年十月から差額を支給したのであるが、解職の申請人新明一郎はもちろんその余の休職者である申請人等に対しても社規によると称して引上の対象から除外して、不利益な取扱をしたのである。よつて、組合は、数回にわたり、会社側と交渉して能力給の引上を要求したが、被申請人会社はあくまで解、休職問題が解決されたときに考慮すると放言してゆずらず、未解決のままにある。

なお、被申請人会社は、支給に当つて、申請人等が生活に困つていることを考慮して、当面の生活の一助に差額を支給するといつていながら解、休職者に対しての処置は、何等とられていない現状であり、その明細は次のとおりである。

氏名 現能力給 平均上昇率 上昇後の能力給 一箇月差額

秋山五郎丸

森高武雄

松本喜一

神田四朗

河内正司

佐藤敏雄

新明一郎

右の如く、申請人等は、差額の支給を受けることができず、その生活が脅威されているから、本仮処分申請に及んだのであると陳述し、被申請人の答弁事実中

第三本文につき。被申請人会社が予め組合と協議することなく、申請人新明一郎を懲戒処分にその余の申請人等を休職処分に各付したのは無効である。労働基準法第九十二条には、法令又は労働協約に反する就業規則は無効である旨及び改正前の労働組合法第二十二条(現行法第十六条)には、労働協約に定める労働条件その他の労働者の待遇に関する基準に違反する労働契約は無効である旨の各規定があり、又労働協約第六条、第七条には会社が従業員を解雇しようとするとき、又は会社が従業員の労働条件に関して不利益な変更をする場合は、いずれも組合との協議を経ることがその要件として定められている。しかるに、被申請人会社が申請人等を懲戒解職又は休職処分に付するに当つて、労働協約に反して組合との協議を経なかつたのであるから、法律上効力を生じない。たとい、組合の同意を得て成立した社員規程に基いて、解、休職処分に付したとするも、労働協約に定める「組合との協議」を要しないという理由にはならない。いわんや、社員規定には、休職、解職の事項の定があるのみで、かかる場合に組合と協議を経なくともよいとの趣旨の定はない。これは、労働基準法及び労働組合法により当然労働協約によるべきことが明らかにされているためである。

第三(1)につき。

被申請人会社が申請人新明一郎の軍事裁判により処罰されたことを刑法上明らかに破廉恥罪を構成する如き重大な事実に該当するものとして、同申請人を懲戒解職処分に付したのは無効である。即ち、懲戒解職に付することができるのは、覚にいわゆる

刑法上明らかに破廉恥罪を構成する如き重大な事実のある場合に限られるものである。しかして、連合軍の占領下にあるわが国においては、占領軍の命令を遵守し、占領政策に服することは、日本国民当面の最大義務であつて、これに違反し、軍事裁判により刑を科せられ、服役を要するに至つた申請人新明一郎の行為は、重大な事実には相違ないが、これが直ちに右覚にいわゆる

破廉恥罪を構成する如き重大な事実であるということにはならない。破廉恥罪を構成する如き重大な事実というのは、単に重大な事実と異り破廉恥罪を構成する如き事実でなければならないことは、その立言の体裁に徴するも明らかである。換言すれば覚にいわゆる破廉恥罪というのは、国民感情上恥ずべきものとされる破廉恥的観念に制約されたものを指し、破廉恥的性格を帯びないものは、重大な事実といえども、懲戒解職の事由には該らないものと解すべきであるから、占領軍に対しストライキに関する情報の提供を拒否した事実について行われた軍事裁判の結果は、重大な事実には相違ないが、破廉恥罪を構成する如き重大な事実には該らない。従つて、被申請人会社が右事由に該当するものとして申請人新明一郎に対してした懲戒解職処分は無効であり、社員規程第六十四条の懲戒委員会の審議、労働基準監督署の解雇予告除外認定の如きは、むしろ枝葉末節の手続に過ぎない。

第四につき。

被申請人会社は、申請人新明一郎を除くその余の申請人等を昭和二十四年一月の能力給改訂に際し、昭和二十三年度の能力給の査定から除外したのであるが、右除外は、能力給改訂基準要綱に基き、同申請人等は、休職中であるから、除外したのであつて同申請人等に対しては、それまで支給して来た基準労働賃金の全額を支給しているからといつて、労働協約第七条に違反して不利益に扱つたものでないということにはならない。能力給は、基本給に入るもので、いわゆる基準内賃金であつて労働基準法第一条のいわゆる労働条件(賃金、就業時間、休息、その他)をなすものである。よつて、被申請人会社が、能力給改訂の際同申請人等をその対象から除外したことは、同申請人等の休職処分の結果、実質上明らかに労働条件が不利益に変更されたものである。従つて、この処分をするに当つて被申請人会社が組合と協議しなかつたのは、労働協約第七条に違反するものである。

第八につき。

労働協約が昭和二十四年二月二十八日被申請人会社の組合に対する失効申出により昭和二十四年三月三十一日の経過と同時に失効したということはない。従つて、申請人等が被申請人会社によつて不利益に取り扱われるような事実があるならば、労働協約違反を理由にその排除を求める権利があるのである。仮に、失効したとしても、本件解職及び休職は、協約が失効しないうちに協約基準に反する行為として行われ引き続き今日に及んでいるものであるから、申請人等にとつてその無効確認を求める利益があり、仮処分を申請する理由があるのである。

と陳述した。(疎明省略)

被申請人は、主文同趣旨の裁判を求め、申請人等の主張事実中、申請人新明一郎を除くその余の申請人等が被申請人会社の従業員であり、組合猪苗代分会の組合員であること(申請人新明一郎は、かつてその主張のように従業員であり、組合員であつたが、現在はそうではない)申請人等所属の組合と被申請人会社との間には、労働協約が存在し、その第六条第一項及び第七条には各その主張の如き規定があり、更に第六条第一項に関しては、その主張の如き破申請人会社の覚があること(但し、右労働協約は、昭和二十四年二月二十八日被申請人会社からの失効申出により同年三月三十一日の経過とともに効力を失つたものである)被申請人会社が昭和二十二年十月提出した社員規定の第十二条には、その主張の如き規定があること、右規程に対し組合が修正権を留保していること、組合が昭和二十二年九月その主張の如き項目をかかげて、中央労働委員会に提訴以来、半年にわたる苦難な闘争を経て、昭和二十三年三月二十五日漸く仮協定が成立したこと(但し、仮協定の内容は、主として賃金に関するものである)猪苗代分会がその主張の如き三大要求を含む十項目の要求書を被申請人会社に提出し、交渉を続けたこと、猪苗代分会がその主張の日電源ストライキを断行したこと、申請人等がその主張の如き経過で昭和二十四年二月七日福島地方裁判所において二年間刑の執行を猶予する旨の有罪判決の言渡を受け、控訴の申立をし、目下仙台高等裁判所に係属中であること(但し、懲役は六月乃至三月である)申請人新明一郎がその主張の如き理由で軍事裁判に付され、その主張の如き判決を受け、服役終了したこと、被申請人会社が申請人等及び組合に対し予告も協議もしないで、昭和二十三年九月十一日附をもつて社員規程を適用し、申請人新明一郎を懲戒解職処分に、その余の申請人等を休職処分に各付し、今なおその処分を取り消していないこと、被申請人会社が昭和二十三年十一月一日附でその主張の如く能力給の引上を実施し、差額を支給したが、申請人等を引上の対象から除外し、能力給率引上の問題が未解決であること、申請人新明一郎を除くその余の申請人等の現能力給がその主張のとおりであること及び申請人等が福島地方裁判所に休職並びに解職無効確認請求の訴を提起したことは、これを認めるがその余の事実は争う。

第一、被申請人会社が申請人等に対して適用した社員規程は、被申請人会社と組合間に有効に成立し、法的に効力を有するものである。即ち、昭和二十二年十月二十三日から実施された現行社員規程第十二条には、被申請人会社は、起訴された従業員に対し休職を命じ得る旨を第六十四条には、被申請人会社は、被申請人会社の体面を汚した従業員を懲戒委員会の議を経て懲戒し得る旨を、第六十五条には、被申請人会社の行う懲戒は、譴責、減給、休職及び解雇の四種である旨を各規定してあるが現行社員規程の実施されるまで施行されていた旧社員規程第二十二条には、現行社員規程第十二条と旧社員規程第五十七条には現行社員規程第六十四条と、旧社員規程第五十八条には、現行社員規程第六十五条と、それぞれ同趣旨の規程があつたのであるから、現行社員規程第十二条、第六十四条、第六十五条は、組合所属の従業員の労働条件を不利益に変更したものということはできないのである。従つて、被申請人会社は、労働協約第七条によりかかる規程を設けるに当つて、組合との協議を経る必要はないわけであるが、昭和二十二年一月中組合から当時施行されていた被申請人会社の諸規定を民主化されたいという要求があつたので、該要求にこたえ、現行社員規程を立案の上、労働協約第四条及び「経営協議会ニ関スル件」第三条の規定により同年九月八日から被申請人会社と組合間に開催された経営協議会に附議し、同年十月二十日組合から組合は「修正権を留保するも施行して支障はない」旨の回答を得たので、同月二十三日附をもつて実施したものである。従つて、現行社員規程の実施については、組合との協議の上、その同意を得たものというできである。しかも、その後組合からその留保した修正権に基き現行社員規程の一部修正要求があつたが第十二条、第六十四条及び第六十五条については、単に第十二条第四号に「刑」とあるのを「破廉恥罪」とし、第六十四条に「又は重過失」とあるのを削除されたいというに過ぎなかつたものであるから、現行社員規程は、少くとも組合から修正要求のあつた部分を除き、有効に成立したものというべきで、労働協約第五条にいわゆる「経営協議会ニ於テ会社ト組合トノ間ニ協議成立シタル事項」に該当するものであり、被申請人会社及び組合が同条にいわゆる誠意をもつて実行に当らなければならないものであつて、被申請人会社が組合又は労働者の過半数の意見を徴したのみで作成した就業規則に止ることなく、被申請人会社と組合間の労働協約の内容の一部をなすものである。

第二、労働協約第七条にいわゆる「労働条件」とは「労働条件の基準」を意味するものであるから、被申請人会社が組合との協議によつて成立した労働条件の基準に従つて従業員を処遇した結果、たとい個人的に不利益を被らせることがあつても、労働条件を不利益に変更したことにはならないのである。即ち「労働条件」とは「労働条件の基準」を意味することは「経営協議会ニ関スル件」第三条が被申請人会社と組合との経営協議会の附議事項を「従業員ノ労働条件ノ基準ニ関スル事項」及び「人事管理ノ基準ニ関スル事項」等と規定している事実及び昭和二十一年二月二十一日から開催された組合の第一回中央執行委員会において「人事は経営の根幹であるから、組合がこれに触れるときは、経営の責任を分担することになる虞がある。よつて組合は、個々の人事に触れることを避け、情実、学閥等の封建的人事の排除等一般的な人事の方針につき組合の意思を反映せしめる方向に赴くべきであると思料する。人事権の発動は、経営者側がとるべきであつて、組合側は、その結果を批判し適当な修正を要求すべきであると思料する」という趣旨の決定をし、更にその後、該決定は、拡大委員会において再確認され被申請人会社にも通告された事実に徴しても明らかである。従つて、被申請人会社が組合との間に協議のととのつた労働条件の基準である社員規程に従い個々の従業員に対し転勤を命じ、休職を発令する等個々の業務執行をするに当つては、たとい従業員が事実上不利益を受けることがあつても、労働協約第七条にいわゆる「労働条件ヲ不利益ニ変更スル」場合に該当しないのである。第七条がこのような趣旨であることは、同協約締結後今日に至るまで被申請人会社は、組合と協議することなく、申請人等以外の起訴された従業員計十八名に対し起訴と同時に休職を命じているのであるが、組合からは、もとよりかかる休職を発令された従業員からも何等異議や撤回の申出がなかつた事実に徴しても明らかである。

第三、被申請人会社が申請人新明一郎を懲戒解職処分に、その余の申請人等を休職処分に各付したのは、それぞれ該処分にあたる事由があつたからである。即ち、被申請人会社は、組合所属の従業員に破廉恥罪又はこれと同価値若しくは同価値以上の重大な事実があるときは、労働協約第六条第一項但書及び同但書に関する覚により組合と予め協議することなくかかる従業員を解職し得るのであり、又社員規程は、第一に述べたように、被申請人会社が組合と審議した上その同意を得て成立し、その後組合が留保した修正権に基き修正要求のあつた部分を除き最初から有効に成立したものとみるべきで既に労働協約の一部をなすに至つたのであるから、従業員に社員規程第十二条若しくは第六十四条所定の事実があるときは、その都度組合と協議することなく懲戒解職若しくは休職に付することができるのである。仮に、社員規程が労働協約の一部をなすものでなく、単なる就業規則に止るものとしても、労働協約第六条第一項及びこれに関する覚によるときは、被申請人会社が予め組合と協議することを要し、且つ協議がととのわないときは、一方的に従業員を解雇し得ないのは、同条第一項但書の場合を除くその余の解雇の場合に限られていることが明らかであり、同条は、休職の場合に適用なく、労働協約第七条もその趣旨は、第二に述べたとおりであるから、休職の場合に適用される余地がなく、且つ労働協約には他に休職につき組合との協議を必要とする趣旨の規定がないから、懲戒解職処分及び休職処分は、被申請人会社において組合と協議することなくすることができるのである。しかるに

(1)  申請人新明一郎、は昭和二十三年六月八日、九日の両日にわたつて行われた猪苗代分会電源ストライキに関し、占領軍に対する情報提供を拒否したため昭和二十一年六月十二日勅令第三百十一号による占領政策違反として昭和二十三年七月二十八日、二十九日の軍事裁判において重労働五年(うち四年六月執行猶予)の判決の言渡を受け、服役終了したのである。同申請人のかかる行為は占領軍が進駐し、日本国民均しく占領軍の命令を至上命令として遵守しなければならない現在の情勢の下において占領軍の命令に違反して情報の提供を拒否し、占領政策違反として処罰されたことは、覚にいわゆる「破廉恥罪」以上の価値ある「重大ナル事実」に該当し、且つ被申請人会社の社員として会社の体面を汚したものというべく、社員規程第六十四条第一項第三号に該当するものであるから、被申請人会社は労働協約第六条第一項但書及び覚に基き、組合と協議することなく、社員規程第六十四条第一項第三号、第六十五条第一項第四号に従い懲戒委員会の審議を経た上、会津労働基準監督署の解雇予告除外の認定を経て、昭和二十三年九月十一日同申請人を懲戒解職に付したのである。

(2)  申請人新明一郎を除くその余の申請人等は、同申請人等の所属する猪苗代分会が争議権がないのにかかわらず、電源ストライキをしたため労働関係調整法第三十七条及び電気事業法第三十三条第一項に違反するものとして福島県地方労働委員会の請求により福島地方検察庁から起訴され、昭和二十四年二月七日福島地方裁判所において前記有罪の判決を受け、目下仙台高等裁判所に控訴中であるから、組合と協議することなく社員規程第十二条第一項第四号に従い、休職処分に付したのである。

第四、被申請人会社が申請人新明一郎を除くその余の申請人等を能力給の査定の対象から除外していることは、労働条件を不利益に変更したことにはならず、労働協約第七条違反ではない。即ち、第七条にいわゆる「労働条件」は、第二に述べた如く「労働条件の基準」を意味するものであるから、労働条件の基準に従つて、同申請人等を休職処分に付した結果、個々的に不利益を与えることがあつても、労働条件を不利益に変更したことにはならないのである。同申請人等は、昭和二十四年一月の能力給改訂に当り、その査定から除外され、従前の能力給の支給を受けているのであるが、能力給は、能力給査定基準要綱に基き被申請人会社の責任において査定し来つたものであり、前要綱は、組合と被申請人会社との協議によつて作成されたものであるから、両者間の協議によつて定められた労働条件の基準の一であることが明らかである。従つて、被申請人会社が昭和二十三年度能力給改訂基準要綱に基き休職中の同申請人等を昭和二十三度の能力給の査定から除外したことは、組合との協議により定められた労働条件の基準に基く執行であり、何等労働協約違反ではない。

第五、以上のような次第であるから、被申請人会社が申請人新明一郎に対してした懲戒解職処分及びその余の申請人等に対してした休職処分は法令や労働協約に違反することなく、いずれも有効なものである。従つて、申請人等は、その無効確認を求める根拠がなく、申請人等の仮処分申請には、仮処分により保全されることを要する権利又は法律関係がない。

第六、申請人新明一郎を除くその余の申請人等は、社員規程第七十五条により休職期間中といえども、従来支給を受けて来た基準労働賃金全額の支給を受け、第十五条により、その休職期間は、勤続年数に算入されるのであり、基準労働賃金は、同申請人等が休職を命じられない場合は支給される基準労働賃金及び基準外労働賃金を合した総賃金額の約九割を占めているのであるからかかる、基準労働賃金の支払を受けている限り、同申請人等の生活に支障がないものといい得るのである。従つて仮処分を受けなければならない必要もない。特に、申請人松本喜一は、現在組合福島支部の専従者である関係上、仮に休職処分が解かれても被申請人会社から給与の支給を受けることができないのであるから、仮処分の必要がない。

第七、なお、労働協約第十二条には、労働協約の有効期間は、期間満了一箇月前に、被申請人会社又は組合のいずれか一方から失効又は改訂の申出がないときは、更に一箇年は、その効力を有することを規定しているが、被申請人会社は、期間満了一箇月前である昭和二十四年二月二十八日組合に対し失効の申出をしたので、労働協約は、昭和二十四年三月三十一日の経過とともに失効し、又改正労働組合法の規定からいつても右協約は当然失効しているものであるから、仮に被申請人会社が申請人等を不利益に取り扱うような事実があるとしても、昭和二十四年四月一日以降は、労働協約違反を理由にその排除を求める権利がないのである。

よつて、申請人等の仮処分申請は、仮処分により保全される権利又は法律関係の存することなく、且つ仮処分の必要も存在しないことが明白であるから、失当として却下を免れないものであると陳述した。(疎明省略)

理由

申請人新明一郎を除くその余の申請人等が被申請人会社の従業員であり、組合猪苗代分会の組合員であること。申請人等所属の組合と被申請人会社との間に労働協約が存在し、その第六条第一項には,「会社ハ従業員ヲ解雇セントスルトキハ予メ組合ト協議スルモノトス但シ停年退職及別ニ定ムル懲戒解職ノ場合ハ此ノ限リニアラズ」との規定があり、第七条には、「会社ハ従業員ノ労働条件ニ関シ組合トノ協議ヲ経ズシテ従業員ニ不利益ナル変更ヲナサザルモノトス」との規定があること、更に右第六条第一項に関しては、会社ト組合トノ間ニ予メ協議調ハサルトキハ一方的ニ従業員ノ解雇ヲ為ササルモノトス同条第一項但書ノ「別ニ定ムル懲戒解職ノ場合」トアルハ刑法上明ニ破廉恥罪ヲ構成スル如キ重大ナル事実アリタル場合ニ限ルモノトス」との被申請人会社の覚があること、被申請人会社が昭和二十二年十月組合に社員規程を提出し、その第十二条には「次に掲げる場合には期間を定めて休職を命ずることがある。4起訴せられ又は刑に処せられたとき」との規定があるが、右規程に対し組合が修正権を留保していること、組合が昭和二十二年九月、(一)最低賃金スライド制の確立、(二)電気事業の民主化、(三)統一労働協約の締結の三大要求項目をかかげて、中央労働委員会に提訴以来半年にわたる闘争を経て、昭和二十三年三月二十五日漸く仮協定が成立したこと、組合猪苗代分会が右三大要求を含む十項目の要求書を被申請人会社に提出し交渉を続けたこと、組合猪苗代分会が昭和二十三年六月八日、九日の両日にわたり電源ストライキを断行したこと、右争議行為に対し福島地方検察庁は、福島県地方労働委員会の請求により申請人等を起訴し、申請人等が昭和二十四年二月七日福島地方裁判所において懲役刑但しいずれも二年間執行猶予の判決を受け、控訴の申立をし、目下仙台高等裁判所に係属中であること、右争議中猪苗代分会支社班員委員長新明一郎が占領軍に対する情報提供不当拒否のかとで軍事裁判により重労働五年(最後の四年六月執行猶予)の判決を受け、服役終了したこと、被申請人会社が申請人等にはもちろん組合にも予告も協議もなく昭和二十三年九月十一日附をもつて社員規程を適用して申請人新明一郎を懲戒解職処分に、その余の申請人等を休職処分に各付し、今なお解、休職処分を取り消していないこと、被申請人会社が昭和二十四年一月中能力給の調整を実施し、昭和二十三年十月一日附で能力給を平均十三、六五%の率をもつて引き上げ(その実績は、個人によつて異なるが、大約一〇乃至三〇%の間において行われた)、昭和二十三年十月からの差額を支給したが、申請人等を引上の対象から除外し、同申請人等に対する能力給引上の問題が未解決であること、申請人新明一郎を除くその余の申請人等の現能力給が次のとおりであること、

氏名 現能力給

秋山五郎丸

森高武雄

松本喜一

神田四朗

河内正司

佐藤敏雄

及び申請人等が福島地方裁判所に休職並びに解職無効確認請求の訴を提起したことは、当事者間に争がない。

申請人等は、社員規程については、組合と被申請人会社間に協議ととのわず、組合は、修正権と拒否権を留保し、法的に効力を有しないと主張し、被申請人会社は、これを否認し、社員規程は、被申請人会社と組合間に有効に成立し、法的に効力を有するものであると主張するので、案ずるに、成立に争のない疎甲第一(労働協約)、二(経営議会ニ関スル件」)、三(覚)号証、疎乙第一(社員規程)、二(旧社員規程)、三(旧雇員規程)、六号証に証人橋本新三郎、阿部義次(第一回)、北里良夫、鈴木幹郎の各証言及び申請人森高武雄本人尋問の結果を総合すると、昭和二十一年一月申請人等の所属する組合から被申請人会社に対し諸規程民主化の要求があつたので、被申請人会社は、該要求にこたえ、当時施行されていた旧社員規程及び雇員規程に代る現行社員規程を起草の上、昭和二十二年八月漸くその成案を得てこれを労働協約第四条及び「経営協議会ニ関スル件」第三条により同年九月八、九、十日にわたり被申請人会社と組合間に開催された経営協議会に附議したが、組合からは、即座に正式の回答が得られなかつた。しかし、被申請人会社は、右規程を同年十月一日から実施したい考で組合に回答を促したところ、同月二十日ごろ「会社側の責任において実施することを認める。但し、組合側は、その修正権を留保する」との回答を得たので、組合の修正権を認め、同月二十三日からこれを実施した。その後、昭和二十三年五月十八、十九、二十日にわたる経営協議会において組合は、右修正権に基き社員規程第十二条第一項第四号中「刑」とあるのを「破廉恥罪」と改め、第六十四条中「又は重過失」とあるのを削除されたいとの修正意見を提出したが、被申請人会社は、同月三十一日組合に対し右修正の提案には同意しかねる旨の回答をしたことがうかがわれる。証人三輪行治の証言中右認定に反する部分は、前顕疎明と対比してこれを採用せず、他に右認定をくつがえすに足る疎明がない。思うに、右認定によつて明らかなように、組合は、被申請人会社に対し社員規程の実施に同意したのであるから、この場合たとい修正権を留保したとしても、被申請人会社と組合は、自後同規程に拘束されるのであつて、社員規程は、合意に基き被申請人会社と組合間に成立したものといわなければならない。しかも、社員規程は、労働協約第四条により被申請人会社と組合との協議機関として設けられた経営協議会に「経営協議会ニ関スル件」第三条所定)の附議事項として附議され、その結果成立したものとみるべきものであるから、実質的には労働協約の一部をなし、法的に効力を有するものである。唯、組合は修正権を留保したのであるから、社員規程中後日組合から修正要求のあつた部分は、格別であつて、該部分の効力はどうなるかの問題の余地はある。しかし、この点の判断をおいても、組合は、社員規程を有効に成立せしめて、これに対し修正権を留保したのであるから、修正要求のあつた部分を除けば、社員規程は、初めから合意に基き、有効に成立したものといわなければならない。従つて、社員規程は、組合から修正要求のあつた第十二第一項第四号中「刑」及び第六十四条中「又は重過失」の部分を除けば合意に基き被申請人会社と組合間に有効に成立し、法的に効力を有するものである。してみれば、被申請人会社は、従業員(組合員)に対し右修正要求のあつた部分を除き有効に社員規程を適用することもできるのである。

申請人等は、被申請人会社が予め組合と協議することなく、申請人新明一郎を懲戒解職処分に、その余の申請人等を休職処分に各付し、労働条件を不利益に変更したのは、労働協約第七条に違反するものであると主張し、被申請人は、これを否認し、労働協約第七条にいわゆる「労働条件」とは、「労働条件の基準」を意味するものであつて被申請人会社が組合との協議によつて成立した労働条件の基準に従業員を処置した結果、たとい個人的に不利益を被らせることがあつても、労働条件を不利益に変更したことにはならないと主張するのでこの点について案ずるに、もとより労働条件には、全体の従業員につき一様に定められる労働条件と個々の従業員につき別々に定められる労働条件とがあり、単に労働条件というときは、そのいずれを指すかは明らかでない。しかるに、昭和二十年法律第五十一号労働組合法第三章労働協約(昭和二十四年法律第百七十四号労働組合法第三章労働協約)及び労働基準法第二章労働契約の各規定の体裁に徴すれば、労働組合と使用者との間の労働条件即ち、全体の従業員につき一様な労働条件は、労働協約によつて定められ、これに反し個々の従業員にき別々な労働条件は、労働契約によつて定められるものであることがうかがえる。即ち、労働協約によつて定められる労働条件は、全体の従業員につき一様に定められた労働条件なのである。してみると、被申請人会社と組合間に締結された本件労働協約第七条にいわゆる労働条件も全体の従業員につき一様に定められた労働条件であるわけであり、更に労働協約の立言の体裁によつても、個々の従業員につき別々に労働条件を定めたものと認めしめる規定がない。しかして、個々の従業員につき別々に定められた労働条件は、全体の従業員につき一様に定められた労働条件に違反することは許されない。後者は、前者の規準であり、これが即ち、被申請人の主張する労働条件の基準なのである。しかして、「経営協議会ニ関スル件」第三条が経営協議会の附議事項を「従業員ノ労働条件ノ基準ニ関スル事項」及び「人事管理ノ基準ニ関スル事項」等と規定していることによつても労働協約第七条にいわゆる労働条件」とは、「労働条件の基準」を意味するものであることが明らかである。ひるがえつて思うに、被申請人会社が組合との間に有効に成立した労働条件の基準に従い、従業員を処置した結果、たとい個人的に不利益を被らせたとしても、労働条件の基準を意味する労働協約第七条にいわゆる「労働条件ヲ不利益ニ変更スル」場合に該当しないことはいうまでもない。従つて、被申請人会社が組合との間に有効に成立した労働条件の基準の一である社員規程を適用して、申請人新明一郎を懲戒解職処分に、その余の申請人等を休職処分に各付したことは、労働協約第七条にいわゆる「労働条件ヲ不利益ニ変更スル」場合に該当せず、同条に違反しないといわなければならない。なお、申請人森高武雄本人尋問の結果によると、組合は人事に関しては被申請人会社に干渉しないこと及び証人尾形宗治郎の証言によつて真正に成立したものと認められる疎乙第九号証に証人三輪行治の証言を総合すると、被申請人会社が社員規程を適用して起訴された従業員を休職処分に付したが、これに対し組合からは異議のなかつたことがうかがわれるが、これによつても、右認定の正当であることがうらずけられる。

ところが、被申請人は、被申請人会社が申請人新明一郎を懲戒解職処分に付したのは、同申請人が猪苗代分会電源ストライキに関し占領軍に対する情報提供不当拒否のかどで軍事裁判により重労働五年(うち四年六月執行猶予)の判決を受けたことが覚にいわゆる「刑法上明ニ破廉恥罪ヲ構成スル如キ重大ナル事実」に該当し、且つ社員規程第六十四条第一項第三号にいわゆる「会社の体面をけがしたもの」に該当するからであると主張するので、案ずるに、わが国がポツタム宣言の受諾によつて連合国の管理の下におかれるようになつたこと、即ちわが国における国家統治の権能は、降伏条項を実施するため適当と認める措置をとる連合国最高司令官の制限の下におかれることになり、連合国の占領政策に従い、占領軍の発する命令は、至上命令として国民均しくこれを遵守しなければならないことは、今更いうまでもない。国民が占領軍の命令に違反し、軍事裁判により処罰を受けるが如きは、刑法上破廉恥罪に該る行為によつて処罰される場合と同視し得ないほど重大な事実である。申請人等は、覚にいわゆる「破廉恥罪ヲ構成スル如キ重大ナル事実」とは、破廉恥的観念に制約された重大な事実に限るものであつて、「破廉恥罪ヲ構成スル如キ」とは「重大ナル事実」を例示したものではないと主張するが、そのように解さなければならないと認めさせるに足る資料がなく、かえつて、その立言体裁に証人鈴木幹郎の証言を総合すると「破廉恥罪ヲ構成スル如キ」とは、重大な事実の例示であることがうかがわれるから、申請人等の本主張は、理由がない。従つて、申請人新明一郎が占領軍に対する情報提供不当、拒否のかどによつて軍事裁判によつて処罰を受けたことは、懲戒解職に値する事実即ち、覚にいわゆる「刑法上明ニ破廉恥罪ヲ構成スル如キ重大ナル事実」に該当するものといわなければならない。一方このことは、被申請人会社の体面を汚したものといわなければならないから、社員規程第六十四条第一項第三号にも該当するものである。

又、被申請人は、申請人新明一郎を除くその余の申請人等を休職処分に付したのは、同申請人等が労働関係調整法並びに電気事業法違反事件で起訴されたこと(有罪の判決を受け、目下控訴中)が、社員規程第十二条第一項第四号に該当するからであると主張するので案ずるに、同申請人等が福島地方検察庁から福島地方裁判所に起訴され同裁判所で懲役刑但し二年間執行猶予の判決を受け、控訴を申し立て目下仙台高等裁判所に係属中であることは、先に認定したとおりであり、成立に争のない疎乙第十一号証の二に証人阿部義次(第二回)の証言を総合すると労働関係調整法第三十七条並びに電気事業法第三十三条違反として起訴されたことがうかがわれるから、それが、社員規程第十二条第一項第四号の規定に該当することはいうまでもない。

次に申請人等は、被申請人会社が申請人等を昭和二十三年度の能力給の査定から除外しているのは申請人等の労働条件を不利益に変更したものであると主張し被申請人は、これを否認し被申請人会社が申請人新明一郎を除くその余の申請人等を能力給の改定から除外したのは、被申請人会社と組合間の協議により成立した労働条件の基準の一である能力給査定基準要綱(疎乙第四号証)及び昭和二十三年度能力給改訂基準要綱(疎乙第五号証)に従つたのであるから、労働条件を不利益に変更したことにはならないと主張するので、案ずるに能力給査定基準要綱と準用する昭和二十三年度能力給改訂基準要綱には、昭和二十三年十一月一日現在の休職者を能力給の算定から除外する旨の規定があり、被申請人会社が申請人新明一郎を除くその余の申請人等を能力給の査定から除外したのは昭和二十三年度能力給改訂基準要綱に従つたものであることは、当事者弁論の全趣旨によつて認められる。しかるに、証人鈴木幹郎の証言によつて真正に成立したものと認められる疎乙第十号証によると、右各要綱は、被申請人会社と組合との協議を経て、合意に基き成立したものであることを看取するに足り、これら要綱が労働条件の基準であることは、疑のないところであつて、又労働協約に違反するものと認めしめる資料もないから右各要綱は、被申請人会社と組合間に有効に成立した労働条件の一であるといわなければならない。従つて、被申請人会社が昭和二十三年度能力給改訂基準要綱に従い申請人新明一郎を除くその余の申請人等を昭和二十三年度の能力給の査定から除外したことは、労働条件を不利益に変更したことにはならないのである。

以上認定したとおりであるから、被申請人会社が予め組合と協議することなく、社員規程第六十四条第一項第三号、第六五条第一項第四号の規定に従い、申請人新明一郎に対してした懲戒解職処分及び同規程第十二条第一項第四号の規定に従い、その余の申請人等に対してした休職処分は、いずれも法令や労働協約に違反することなく、一応有効な処分であることが認められる。従つて、爾余の争点の判断をまつまでもなく、申請人等の本件仮処分申請には、仮処分によつて保全されるべき権利又は法律関係の存在しないことが明らかであるから、解職並びに休職各処分の無効であることを前提とする本件仮処分申請は、既にこの点において理由がなく、失当としてこれを却下する。

なお、成立に争のない疎乙第八、十二号証に、証人鈴木幹郎、尾形宗治郎の各証言を総合すると、最近において(二月)大よそ申請人秋山五郎丸は、休職を命じられない場合に支給される基準労働賃金及び基準外労働賃金を合した総賃金額の九一・九%、同森高武雄は、九四・四%、同神田四郎は九〇・三%、同松本喜一は九一・〇%、同河内正司は、九一・一%、同佐藤敏雄は、七三・八%の各支給を受けていること、証人橋本新三郎の証言によると申請人松本喜一は昭和二十四年六月一日から組合福島支部の専従者となつたこと、社員規程第十五条によると、休職期間は、勤続年数に算入されることになつていること、疎乙第四、五号証に証人鈴木幹郎の証言を綜合すると、休職者が復職して四箇月目までに能力給を査定し、四箇月目から休職中の暫定能力給にかえ本能力給を支給することになつていること及び申請人森高武雄本人尋問の結果によると、申請人新明一郎は、現在組合の中央執行委員をしていることがうかがわれるから、申請人等は、生活上重大な脅威を受けているわけでもなく、本案訴訟の判決前に、仮処分を必要とする理由はないものといわなければならない。

よつて、申請費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条、第九十三条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例